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2026年10月9日金曜日

日本帰省旅行2026(はじめに編)

今回の日本帰省旅行のサブブログでは何を書こうかと悩んだけど、旅行記と言うよりは印象に残ったことを書き留めようと思う。

まずは今回なぜ突然9月に帰ることになったのか。。。


ジュネーブ空港はフランス側から出国


収入もないし紛争で航空券は高いし、今年の帰省はちょっと無理かなぁと正直諦めモードだった😭


ゲリラ豪雨に見舞われたシャルル・ド・ゴール空港


でも今年に入って次姉が体調を壊しがちだったり、長姉を含め私達も年齢を重ねてなかなか無理が効かなくなってきたのを感じていて、今は92歳で介護施設で元気でいてくれる母だけど、何かあった時の身辺整理も含め、これからどうして行くのか家族会議が必要になったのが、まずは帰ろうと思った最初の理由。


仁川空港では謎のエビフライうどん


ここ何年も冬に帰ることが多かったので、もし帰るなら今度は季節の良い10月ごろが良いと思っていたので、まずはネットで航空運賃調査を開始。

するとエールフランスのサイトに9月と11月が意外に安いと言うか石油危機以前の値段のフライトがあり、乗り換え回数は多いけど私は時間だけはたっぷりあるので、さらに検討を続行。

ここ何年もAF・KLMはカオスな印象で避けていたけど、前回旅行保険を使ってAFで帰ってきた時に無料シャンパンと機内食のチーズとパンが美味しかったので、今回もそれを期待してAFも候補になった🤣


韓国コスメもゲット

ただヨーロッパ〜日本便は未だにロシア上空を飛べず、北極〜アラスカを経由する為飛行時間がやたら長い💦

比較的飛行時間が短い私のお気に入りのフィンエアは今回は高くて断念😭

中東経由の航空会社も中間地点で乗り換えるので身体的には楽だけど、紛争中の為怖過ぎてパス😱


到着の翌日は地元で友達とランチ

10月は秋の観光シーズンのせいか高めで、11月は寒いし暗くなってくるので今回は却下。

となると9月、、、だけど日本の9月は残暑がまだまだ厳しい、けど荷物も少なくて済むし、寒いよりは良いか。。。


到着二日目は家族で野球観戦


その旨を姉たちに話してみると、9月初めは長姉が長野の息子家族のところに行く予定があり、2週目には次姉の娘が帰阪、毎年恒例の野球観戦もあるし、もう一人の姪の誕生日やお彼岸で父のお墓参りなどなど家族イベントがてんこ盛り😍


韓国に立ち寄れなかったので大阪でリベンジ


その上ずっと気になっていた右奥歯の腫れや坐骨神経痛、眼科検診にも行きたかったので、これは行くべきなのではと思い始めた。

手元にユーロはないけど、3年前のスキー旅行の時に残してきた日本円が少しあるので滞在中は何とかなるかも。

こんな円安時にユーロを持ってないなんてダサ過ぎるけど💦


甥家族が営むエアビー


そんなところに今回はスイスに預けていた労働年金が満期を迎え、幾らか返ってくる事が判明し(実際に現金が手元に来るにはまだまだややこしい手続きを踏まなくてはいけないけど)、取らぬたぬきの皮算用でこれはもうGOサイン!


入笠山から諏訪湖がチラ見え


そして8月末に値段的にも時間的にもちょうど良いフライトがあり、予約したのが7月最終日。

そこからはスイス年金機構への手続きや出発準備、歯医者や整骨院の予約、日本の友達に連絡したり、お土産探しにと出発までドタバタと過ぎた。


やっぱりお蕎麦!


行きはジュネーブから出発しパリで大韓航空に乗り換え仁川、そして関西空港まで30時間の旅。

世界中でこの時期大気が不安定で、パリでは着陸後にゲリラ豪雨があり遅延便も続出😱


大阪千日前

それに今回3回乗った飛行機が3回ともところどころで大揺れし、今までヨーロッパ〜日本間は何度となく乗っているけど、こんな体験は初めてだった💦

そして大韓航空機内では韓流スターばりの男前キャビンクルーがいて、思わず釘付けになったり(笑)、仁川空港の待ち時間に韓国のうどんを食べたり、韓国コスメを買ったりした。

次回はぜひストップオーバーしたいソウル。


毎年家族で行く恒例のオリックスVSホークスの試合


そんなこんなで急遽決まった日本行きだったけど、何もかもがスムーズに運び、家族や友達とも1年8ヶ月ぶりの再会を果たした。


長居公園でクラフト市


着いてすぐは熱帯夜でクーラーをつけて寝たり、雨が多かったので蒸し暑くて久しぶりに滝のような汗をかいたり、いきなり過酷な日本の夏の洗礼を受けた。

これから1ヶ月間、何とか楽しく乗り切らなくてはと気合を入れた💪



とん








2026年7月21日火曜日

イタリアお泊まり山行2026(Refugio Chabod 2,710m)Day2

 山行二日目。

ほとんどの宿泊者が山頂に向けて4時ごろ出発していったので、残った数人のお客さんで7時ごろに朝食。


シャボー小屋の朝焼け


濃いめの美味しいコーヒー、オレンジジュース、ヨーグルト、パンやシリアル、ジャムや蜂蜜、チーズなど山小屋にしてはかなり豪華。

今日はエマニュエル小屋に向かい、そこでランチをして下山するだけなので出発もゆっくり。


広々した食堂

食後テラスに出て、設置されている大きな双眼鏡でグランパラディッソ氷河を覗いてみると、、、いるわいるわ登山者が数珠繋ぎ。

その辺りを何やらレスキューヘリが忙しそうに飛び回っている😨


朝食も満足💕


高山に登るには高すぎる気温、富士登山さながらの渋滞。。。

昨夜同室になったイギリス人女性のパーティは大丈夫だろうかと心配がよぎる。


尾根には人の行列🙀

気を取り直して、山行茶(マーシテー)を水筒に詰めてもらい、チェックアウトを済ませて8時半に出発。

この日は少し曇り空で、夕方小雨が降るかもと言う予報。


気持ち良い朝の空気


昨日通ってきた橋まで戻って、小川を渡りマーキングに沿って剥き出しの荒々しい岩々の間を縫って進む。

緩やかにアップダウンしながら、少しづつ景色が変化していく。


二日目は高所にも体が慣れた


道の脇に咲いている小さいけど色鮮やかで自己主張する花達がなんとも愛らしい。

他にハイカーもほとんどいないし、時折マーモットの感高い鳴き声がするけど姿はなく、聞こえてくるのは水の流れる音だけ。。。


氷河に削られた岩


歩きはじめて1時間半ほど経ったのに、全然エマニュエル小屋らしきものは見えてこない💦

距離的には半分くらいのところまできているはず、ここで一先ず休憩。

スチーブはちゃっかりシャボー小屋で調達したザッハトルテでご満悦😆


岩を攀じ登る箇所もあり


私は残りのアップルパイでエナジーチャージ。

そこから山道は尾根を南側へと周ったところで、遠くにエマニュエル小屋が現れた。

遠〜っ💦


私達の駐車場を見下ろす


まだ余裕で1時間くらいはかかりそうな距離😭

あの標識は嘘だったのか、私達の足が遅いのか、謎。


ノーマルルートの南西稜

私がグランパラディッソに登ったのは2009年のこと。

スチーブのスキー友達と一緒にエマニュエル小屋に前泊し、ノーマルルートの南西稜から登頂した(スチーブはその時カナダにいて一緒には登っていない)。

だけどその時の記憶がまばらであまりはっきりと覚えていない😅


遠い〜😭


登頂した時のことは良く覚えているけど、泊まった山小屋の記憶は殆どなく、谷から山小屋に登ってくる道の方が山小屋から山頂に行くまでよりも辛かったことを思い出した(笑)💧

その頃は私も若かったので毎年4000m峰を登っていて、グランパラディッソは割と余裕を持って登れた方だったように思う。



見たことのないお花
途中マーモットの姿も見かけた


結局エマニュエル小屋に着いたのが11時半(所要時間3時間💧)。

https://www.pngp.it/fr/node/7134


Refugio Vittorio Emanuele Ⅱ (alt. 2,719m)

するとちょうど山小屋の脇の猫の額ほどの平になっているところにレスキューのヘリが降りてきた。

4人のレスキュー隊員が手際よく何やら細長い物体をヘリの脇に付いているカゴから下ろし、ビニールシートのようなもので包み直して再びカゴに乗せ、あっという間に飛び立っていった。


ヘリを待つレスキュー隊員


スチーブが何やら誰かと話し込んでいる。

気温が上がりすぎて氷河の状態が危険というので山頂を断念して降りてきたフランス人の男性二人組に話を聞いてみると・・・

3日前に山頂を目指し山小屋を出発して行ったポーランド人の男性二人組の登山者が、いまだに戻って来ず行方が分からなくなっていたらしい。

今朝になって2人共がクレバスに転落して亡くなっているところを発見され、レスキュー隊に谷に搬送されたとのことだった😱😱😱


エマニュエル小屋のテラス


朝シャボー小屋で見たヘリ、今さっきヘリが運んで行った物体の正体、全て辻褄が合う。

それを見てしまったスチーブは顔面蒼白😰


エマニュエル小屋の食堂


それから山小屋でランチにスープを食べたけど、ショックの余りなんだかあんまり味がしなかった😭

本当に最近多発している山の遭難事故、決して他人事ではない。


ミネストローネ(パン込みで10€)


午後からは焼けるような暑さで危険度も増し、水を補充してとっとと下山開始(12時50分)。

ここからは急な下り道、1時間40分の標識の時間を信じたい。


疑わしい標識🤨


グランパラディッソはイタリア唯一の4000m峰。

あまり登山テクニックが要らない為、高山登山初心者の入門山でもあり、フランスのモンブランが近いこともあってモンブラン登山の為の高度順化トレーニングで登る人が多い。


急勾配が続く下り


とは言っても4000m峰なので氷河もあり、ハーネスをつけてのロープワークやクレバスレスキューの知識、重い登山靴にアイゼンをつけて岩場の登攀技術など、それなりの装備と準備は必須で、体力気力は然り、そこへ天候や状況を瞬時に見極める判断力も問われる。


Pontまでまだまだ遠い💧

そこに加え温暖化の影響で年々山のコンディションは変わり、より難しくなってきている。

山岳ガイドと行くのが賢明だけど、ガイドが居たとて決して安全な山などと言うものは存在しない。


氷河から流れる水


*これは後日談だけど、私達の友人で国際山岳ガイドのYちゃんが、その遭難したポーランド人二人組と同じ日にお客さんを連れてグランパラディッソに登っていた。とても暑い日で氷河の状態が悪かったと言う。そしてその数日後、Yちゃんがまた同じお客さんを連れてモンブランに登頂し無事下山した日の夜に、下山ルートで雨が降ったため落石が発生し、山岳ガイドとお客さんひとりが亡くなると言う痛ましい事故もあり、Yちゃんの余りにもニヤミスな出来事に背筋が寒くなる思いがした*


あちこちに滝


日頃こう言った山の事故は日常茶飯事の場所に住んでいて慣れているとは言え、目の当たりにするとやっぱり凍りついてしまう🙀

二人して黙々と歩き、時間通りに無事ポント(Pont alt.1,955m)まで降りてきた。

空気が濃い(笑)

ポントはこの谷の行き止まりで、登山者のための大きな駐車場やキャンプ場、レストランなどがある。


最後の葛折りの山道


ここから私達の車がある駐車場までは川沿いに3キロほど下る。

その前にまたチョコ吉はザッハトルテをどこからともなく買ってきて、この旅3つ目😅


Pont登山口

道すがらグランパラディッソの山々が遠くに見え、いくつもの滝がすごい迫力で渓流に流れ込む。

なんとなく以前の記憶がうっすらと戻りつつ、今回も本当に良い山行だったと感動を噛み締めながら歩いていると、駐車場に着いた(午後4時)。


美しい渓流


少し雲いきが怪しくなってきて途中パラパラしたけど、なんとか最後まで保ってくれた。

着替えて靴を履き替え、汗が引くまで1時間ほど車に積んである椅子を出して休憩(スチーブは読書、私は編み物🤗)


ここでグランパラディッソ山は見納め


それからまた隣のキャンプ場で締めのコーヒーを飲んでから出発。


2回もきたキャンプ場の食堂


帰りは途中で以前も行ったことのあるキャンプ場の中にあるピザ屋さんによる予定だった。

そしたらこの日は残念ながら定休日で、キャンプ場の受付でこのピザ屋さんの姉妹店を紹介してもらった。


イントラドの村


そこで頼んだピザがあまりにも大きくて、お腹いっぱいになり半分テイクアウトして帰ってきた。

トンネルもすいすい抜けて、午後10時半には無事帰宅。


どでかサイズの野菜ピザ(レストラン L’ultimo in La Salle)


山行の疲れもストレスもほとんどなく、お腹も回復し、やり遂げた爽快感と無事帰ってきた安堵感でその夜はぐっすり眠れた。

イタリアのハイキング道の案内板にはいつも困惑させられるけど、最後には美味しい料理でプラマイゼロになってしまうイタリアン・マジック😋


またモンテ・ビアンコがお出迎え


グランパラディッソ国立公園内だけでもまだまだ歩きたい場所がいっぱいあるので、またいつか戻ってきたい。

また来年はどんなお泊まり山行ができるのか、今からすでに楽しみ。


お疲れ!


お世話になった山小屋の方々、そしてスチーブに感謝、月並みだけど健康に感謝🙏



とん

🐾 本日の万歩計アプリ 28,329歩(16.1km)

㊗️ 総合計歩数歩48,040(28.5km)



*懐かしの写真集*

2009年の8月にグランパラディッソに登った時の写真

山頂付近

山頂のマリア像

グランパラディッソ氷河

若い🤣

山頂から見えたモンブラン

エマニュエル小屋

全然変わっていない食堂

Pont